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歌を詠む、ということ

 太陽の色どりを選び分けながら

 シャボンの玉は空をころがった

 ゆらぐのは確かな色を知りたくて

 日の輪に消える泡のひと粒

前回の「選ぶがテーマの短歌」で私が詠んだシャボン玉の歌に

とってもきれいなお歌を返してくれたのが、三沢左右さん。

短歌投稿サイト うたのわ で、とても美しい短歌を詠まれる方で、

その作品を読ませてもらっているうちに、私の中で、短歌に対する

考えとか感覚がちょっと変わってきた気がします。

今回はそのあたりを書き留めておきたいと思います。

(今回、紹介させて頂いた三沢左右さんのお歌は

すべて うたのわ からの引用です)

私がうたのわに短歌を作って投稿しだして既に2、3年経つけれど

ほんとに短歌ってすごいなーと実感したのは今年です。

(うたのわでは、「白亜」という名で投稿しています・・)

特に3月に起こった東北の大地震の際にうたのわに投稿された

震災のことを詠んだ歌には、家族や友人を心配する立場の歌、

実際に被災された方の歌、切々たるものが多くて、

単純に「感動した」とかそんな簡単には言えない感覚を覚えました。

左右さんも震災に関するお歌を詠まれていて

その中で印象的だったのが、次の一首です。

 歌ひとつ詠みて無事なる己が身に

 罪は潜めリ 雪の降る町

震災のときに、あまりの深刻な被害にショックを受けて

ただ普通の生活をしていることにさえ、なんだか申し訳ないような

感覚を抱いた人は少なからずいるとは思うのですが

その感覚が反映されたお歌で、とても誠実な感覚だと思うのです。

短歌に限らず、作られた作品は、どこかで作った人の分身なので

とても正直に罪の意識を描かれていて

それで印象に残ったんだと思います。

全く別のお歌ですが、私にとってはとても印象が強かったのが

次の一首です。

 綾をなす仮名の音色 目にも聴く

 踊り踊れよ 誉れの白よ

「文庫本に詠める」とある一首で、左右さんはかなりの読書家で

いらっしゃるので、きっと気に入っている本のことを考えながら

詠まれたのかな、と思うのです。

「文庫本一冊で、これだけの歌を詠んでくる人がいる~!」って

私にとっては結構な衝撃を受けたお歌なのです・・・。

大仰な出来事でなくても、壮大な景色でなくても

日常のごくありふれたものも、今一度、見つめてみたら

また新しい感動や発見が充分にあるし

歌にするに値する、そんな感動を実感させてくれたお歌です。

このお歌から受けた感動がなかったら生まれなかっただろう

拙作が次の一首です。 

 ぽつぽつと夢を語る夜 黄金色の中に

 無数の泡の浮かび来

先日、ある方とお食事に行く機会があり、そのときにその方が

飲んでいたビールを見ながら思いついた歌です。

今の仕事のこと、これからのビジネスの展開など、

まだまだやってみたいことに溢れているお話を伺っていると

ビールの中の小さな気泡さえ、その方の努力を称えているような

感じがしたものです・・・。

左右さんの文庫本のお歌に影響を受けなかったら

以前の私だったら、ビールを見ただけで

上の歌は詠めなかったでしょう。

左右さんは題詠2011にも参加されていて

その中から最近、うたのわに投稿されていたもので

興味深かった一首です。

 西の空 朱に染まりて東の

 濃青深むる空ぞさやけき

「一日で一番美しい瞬間を切り取ることが出来ればと思いました」

とは、ご本人がお歌に付けられたコメントです。

短歌は31文字というとても短い中に、そのときの想いや

感動をぎゅっと閉じこめて作られた、

小さな世界の結晶みたいなものだと思ってます。

変わっていくほんの一瞬を切り取って収めてしまう、という点では

写真に似ている気もします。

(そのせいか、写真と短歌はとても相性のいい表現方法だと

 勝手に思ってます・・・)

そんな短歌の特長がよく出た一首として、引用させていただきました。

たった31文字、その中にどれほど真剣な気持ちや

自分が感じた美しさを込めて、歌って生まれてくるのでしょう。

うたのわには歌の上手な方、和歌に詳しい方は多くいらっしゃるのですが

いまの私にとっては、左右さんのお歌から

「こんな歌もいいな」「あ、この表現、すごい新鮮!」って

実感できたのは、とても幸運だったと思うのです。

今の自分に詠める歌を素直に詠めるようになったので

詠んでいて、とても楽しいのです。

仕事、勉強に追われていても、忙しい日常の中でも

なにかを作れる楽しさを短歌で味わっていると思います。

やっぱり、なにかを作れるというのは素晴らしいな、と思います。

自分の中にある気持ちを、文章としてカタチにしておきたくて

今日の記事を書きました。

お歌の引用のことも快く応じてくださった左右さん、ありがとう。

今の気持ちが薄れたり変わったりしないうちに

書いておいてよかったと思います。

 

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和歌」カテゴリの記事

コメント

コメントが遅くなりましたが、記事を読ませていただきました。
とても丁寧な記事にしてくださり、ありがとうございます。

僕は、絵を描くのが趣味なのですが、その際「自分以外に、絵を見る人がいる」ということを心がけています。
とても難しいことですが。
和歌も同じで、「物語」がある作品、一点でも目に留まる作品を詠みたい と考えています。
歌というのは、写生であっても、創作であっても、その作者の全人格を賭したものであるのだと思います。
同じ風景を目にしても、同じテーマで作歌に取り組んでも、より自分らしい視野の広がり、深みを表すことが大切なんだと思っています。
それが「物語」なんだと思います。

その意味で、Keiさんのおっしゃる
>作られた作品は、どこかで作った人の分身なので
という言葉には、とても共感できました。

今回、冒頭の返歌以外に取り上げていただいた三首は、自分の中ではそれぞれに作歌の際の意識レベルは異なったものばかりです。
そうしたものが「目に留まった歌」として ひと並びになっていることが、とても興味深く感ぜられました。
幅広い作の中に共通してある自分の「物語」を見つけてくださった気がして、嬉しく思いました。
ありがとうございます。

Keiさんの「ぽつぽつと」のお歌、拝見しました。
これは、たとえ同じことがらを詠んでも、自分では絶対に作れない歌だと思いました。
現象的な部分と、観念との結びつき具合など、やはりKeiさんにしかない視点があると思います。
それと、偶然でしょうが、うたのわでのひとこと欄に「物語」という言葉があったことも面白く思いました (笑

改めて、ありがとうございました。
これからもお互い、楽しく歌を作っていきましょう。

長文コメント失礼しました。

投稿: 三沢左右 | 2011年7月 9日 (土) 02時06分

左右さん

こんにちは。丁寧なコメントを
ありがとうございます。
左右さんのお歌は美しいものが多くて
どのお歌を引用させていただこうか、かなり
悩みました・・・coldsweats01
どのお歌も、そのときの真剣な気持ちの
現れであり、今までの積み重ねの反映であり、
読ませてもらううちに、私の中で短歌への
気持ちが前よりずっと、大きくなったと
思います。幸運な体験でした。

そして誰もが、一つの歌を送り出したとき、
自分の中のなにかがすこし、前に進むんだと
思います。
左右さんがこれから、どんなお歌を
詠んでいかれるのか、とても楽しみです。
左右さんにしか
描けない物語があると思います。
それを見ていきたいな、と思います。

私ももっと感覚を磨いて
いい歌を詠めたらいいな、と思います。
お互い、がんばりましょう。
今回は本当に、ありがとう。


投稿: kei | 2011年7月10日 (日) 14時02分

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